Search
Calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>
Sponsored links
政治ブログ
にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村
大学生ブログ
にほんブログ村 大学生日記ブログへ
にほんブログ村
↑↑↑
読後にワンクリック! 日芸マスコミ研究会は、日本ブログ村のランキングに参加しております!! 是非是非、ご協力よろしくお願い申し上げます!
お問い合わせは・・・
nichigeimasuken@gmail.com まで
Recommend
New Entries
Recent Comment
  • 「RKRS」 観劇レポート
    haru_ (07/05)
  • 編集研究…新井敏記さんに聞く「自分の雑誌」
    伊藤 (02/28)
  • 編集研究…新井敏記さんに聞く「自分の雑誌」
    wakana (02/22)
  • 文芸学科発!就職セミナー…小川真美さん
    面接の特技 (03/01)
  • 江古田文学77号「特集 林芙美子」&山下聖美准教授著「女脳文学特講」発売!!
    藤野 (09/08)
  • 江古田文学77号【特集】「林芙美子 没後60年」校了間近!
    藤野 (09/08)
  • 江古田文学77号【特集】「林芙美子 没後60年」校了間近!
    渕上 (08/31)
  • 『コクリコ坂から』論
    小山 (08/30)
  • 『コクリコ坂から』論
    yamashita (08/30)
  • 江古田文学77号「特集 林芙美子」&山下聖美准教授著「女脳文学特講」発売!!
    yamashita (08/30)
Recent Trackback
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

posted by: スポンサードリンク | - | | - | - |-
三鷹文学めぐり 【前篇】

さてさて。。


先週の5月18日(火)は、墓マイラーのあきやまみみこさんと、歌手の上海マリーさんとともに三鷹へ墓マイラーをしてまいりました。(3月22日の記事で「3月24日、三鷹へ墓マイラーします!」と言っていたのが実に、ほぼ2か月ぶりに実ったのです。。)


ご存じの通り三鷹は、太宰治、山本有三、武者小路実篤ら文学者が住んでいた土地です。また森鴎外の墓などもあり、文学に非常の縁が深いのです。


実は僕、今年の2月半ばにも顧問の山下聖美先生、OBの猫蔵さんとともに三鷹へ文学めぐりを行っていました。


・・・ということで、それらの様子とも併せて『三鷹文学名所めぐり』を掲載させていただきます。


まずは、旅の出発点である“太宰治文学サロン”です。



「太宰文学サロン」は、2008年の太宰没後60年と2009年の生誕100年を記念して、太宰が通った「伊勢元酒店」の跡地に2008年3月開設したそうです


《つづきは下の「続きを読む」をクリック!》

ここには資料が展示されていたり、散策めぐりに必要なマップや、さまざまなサロングッズが売られています。。『江古田文学』の太宰を特集した69号も、自由に手に取り見れるようになっていました。。



なかの様子。狭い場所ですが、非常に心地よい空間となっています。桜桃忌の際には、人がいっぱいになるそうです






資料の展示の数々

なかにいらっしゃるかたは皆さん非常に気さくなかたで、気軽に話してくださいます。太宰に関する知識も抱負で(なんと、日芸からきたことを告げると、第24回太宰治賞最終候補策になった「夏と魔法の少年」を書かれた川光俊哉さん(当時演劇学科2年)の掲載されている雑誌を見させていただきました・・・!)、ここにいるだけで一日過ごせてしまいそうです。


「太宰は死んだ直後、“市民の水を汚した”ということで、三鷹の人々からは疎まれていたんです。だから、太宰のお墓が三鷹に建つことを、こころよく思わない人もいたのです」


・・・ということも教わります。今でこそ、太宰の作品に魅了されたたくさんのかたが、太宰を追悼して三鷹に訪れますが、当時はそのように思われていた、ということを知り、驚きました。


また、ここでは太宰が羽織っていた黒の“二重マント”を着ることできます。僕も2月に訪れた際には実際に着させていただいたのですが、着心地がよかったです。


そんな、太宰治文学サロン。永久的にサロンとしてありつづけることを目的とされたものではなく、2008年から3年間開館する計画でつくられたのだそうです。無料で気軽に見学することができるので、まだ行かれていない太宰ファンはぜひ足を運んでみてください。おススメです!


そこから本町通りを玉川上水に向かって歩く途中に、野川家跡(現・永塚葬儀社)があります。




ここは、太宰の最後の愛人である、山崎富栄が下宿していた場所です。この場所からふたりは、玉川上水へ向かいます。



玉川上水です。「こんな流れで果たして人が死ぬのかしら・・・?」と疑ってしまうほど、ゆるやかな流れです。



ふたりが入水した場所には、太宰をしのぶ「玉鹿石(ぎょっかせき)」があります。太宰のふるさとである、青森県北津軽郡金木町産です。


うっそうと草の生い茂るジャングルのような土手をかき分け、ふたりは川へ向かったのでしょうか。。



入水場所に生えていた木には、「まさか太宰と富栄の生まれ変わりでは・・・!?」と思わず思ってしまうような鳥が、仲むつまじく木にとまっていました。(2月の話です)


玉川上水横の「風の通り道」を井の頭公園方面に進むと右手に、山本有三記念館があります。



外観です。この建物は、作家・山本有三が昭和11年4月〜進駐軍に接収された昭和21年11月まで家族とともに住んだ家です



裏から見た外観です


せっかくなので、入館いたしました。内部は山本有三の資料もさることながら、建物自体が非常にすばらしく、


「こんな家に住みたい・・・!」


と思ってしまうような洋館でした。“建物好き”というマリーさんは、始終興奮していらっしゃいました。(「前に来たことある」とっしゃっていたのですが。。)



門の外には、山本有三の名作『路傍の石』の名にちなみ、親しみを込めてそう呼ばれるようになった“路傍の石”が置かれています。もとは山本が裏庭に置いたものを、記念館の開館にあたり移動したそうです


ではでは。。

 

 

 

 


副部長 藤野

posted by: 日芸マス研 | 文学名所めぐり | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |-
スポンサーサイト
posted by: スポンサードリンク | - | 23:59 | - | - |-









この記事のトラックバックURL
http://nuartmasuken.jugem.jp/trackback/302
トラックバック