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第3回日芸賞受賞記念講演『宮藤官九郎×たかのてるこ』

10月30日金曜日(一週間以上前です。。)第3回日芸賞の受賞記念で、宮藤官九郎さんの講演を聞きました!


宮藤さんの同級生である、たかのてるこさんが、聞き手として宮藤官九郎さんの話を根ほり葉ほり(?)聞き出します!


「卒業してないのに、日芸賞受賞おめでとう!」という、爆笑の一言から、講演は始まりました。


宮藤官九郎・・・(くどう かんくろう、本名:宮藤 俊一郎(くどう しゅんいちろう))
1970年生まれ。宮城県栗原市出身。日本大学芸術学部放送学科中退。テレビドラマ、映画、俳優活動など。俳優の阿部サダヲらと結成したロックバンド、『グループ魂』では第56回紅白歌合戦に出場するなど、活動の幅は多岐に渡っている。

 

たかのてるこ・・・1971年生まれ。大阪出身。日本大学芸術学部放送学科卒業。著書に『ガンジス河でバタフライ』など。詳しくは、本ホームページ10月27日の記事を参照。


《続きは下の、「続きを読む」をクリック!》

日芸賞という存在があるのは知っていた、という宮藤さん。


「オレなんて若輩者はまだまだ・・・」


と思われていたそうですが、第一回日芸賞を佐藤隆太さんが受賞されたのを聞いて、


「オレより若輩者じゃん!!」


と思われたそうです。。(『池袋ウェストゲートパーク』では、佐藤さんはまだ学生だったそうです)


学生時代の話を中心に、講演は進みます。


学生時代に制作した、初監督作品。「秋」をテーマにした課題で、初の主演女優として、ナスを見るといやらしい気分になるヨメ役をされたのが、たかのさんだったそうです。


この作品をほめられたことが、うれしかった、と語る宮藤さん。たかのさん曰く、当時から“クドカン”らしさあふれる作品だったとのこと。


学生時代、彼女どころか、友達もいなかったという宮藤さん。かまってほしく、髪を長くしたり、急に坊主にしたり、おもしろいことを狙って言おうとしたり・・・と、様々な工夫(?)をされていたようです。


宮藤さんの代から所沢校舎ができ、1、2年生は所沢校舎へ通わなくてはならない・・・という、今の制度ができあがったそうです。


江古田の学食裏のアパートに住み、江古田のマックで深夜清掃のアルバイトをされていたという宮藤さんは、「なんでオレらの代から、こんな工事中の校舎に行かなきゃならないんだ!」と思われたそうです。


「バス券が学校から帰ってきたときになくなると、もう学校へ行きたくなくなる」


という話で会場は盛り上がります。日芸生なら誰もが、経験する話です。(所沢校舎へは、航空公園or東所沢駅から、バスに乗って行きます。。そのバスに乗るのに、一枚100円、14枚綴りで1000円の券を買わなくてはならないのです)


大学時代の話は、まだまだ続きます。


大学時代は、軽音楽部に入っていたそうです。


「遅刻してくると、アンプを膝の上に乗せられたり、日本酒一升瓶を一年生3、4人で空けさせられたり・・・」


という、学生ならではのハチャメチャな話までしてくださいました!


校舎内でところかまわず踊っていたミュージカル研究会を見て、「変な奴ら」と思われたという経験は、宮藤さん脚本の昼ドラ『我が輩は主婦である』に生かされています。


「今はいい思い出」


と語る、宮藤さん。どんなできごとも無駄にならずに、作品づくりに生かされている、という感じがいたしました!


日芸に入ったのは、高田文夫先生がいらしたから、とのこと。高校時代から、放送作家という仕事にあこがれを抱いていたそうです。


映画学科、文芸学科も受験し、一次試験も受かっていたそうなのですが、途中で放送学科に受かり、ホームシックにかかっていたのでそのまま実家に帰ったそうです。


「今思えば、映画学科に入っておけばよかった・・・(笑)」


と宮藤さん。初の自伝的小説『キミは白鳥の死体を踏んだことがあるか』では、日芸に入る前〜入って少ししてからの話が載っています。


高校時代は男子校で、冬でも下駄を履いて登校する高校だったそうです。最終的にその伝統はなくなったそうなのですが、よく雪駄で先輩から殴られていたのだとか。。


そのギャップで、大学に入ってから「女の人がいる!(しかも、ボディコンの!)」と、はじけられた(!?)そうです。(しかし、学生のころから業界人のようにいつでも、「おはようございます」というのには面食らったのだとか。。)


大学2年生の夏休み、転機が訪れます。


たまたま見たお芝居のチラシで「スタッフ募集」の張り紙がしてあったので、早速応募し、裏方についたそうです。


その劇団が『大人計画』。主宰されていたのが、松尾スズキさんでした。


「私もそう思ったけど、日芸に入っただけでは生活は変わらないよね。自分からアクションを起こす宮藤くんは、すごいと思う」


と、たかのさん。一同、激しく同感です。


大学をやめたのは、忙しくなりすぎたから、とのこと。大学1年生のときはフル単で、2年生になると4単位しか取れなかった、とのことです。


話は、宮藤さんの書く脚本のことに、移ります。


「宮藤くんの脚本って、配役をイメージしながら書くことが多いよね」


とたかのさん。宮藤さん曰く、


「この人、他のドラマとかではこういうことをやっているけど、“本当は変な人なんじゃないか”ということを想像しながら書くのが楽しい」


そうです。


「宮藤くんがキャスティングした人ってまた脚光を浴びるっていうイメージがあるし、役者さん事態、“いつもとは違う自分を見いだしてくれんじゃないか”っていう期待があるのでは?」


とたかのさんが質問すると、


「でもみんなすぐ、あっち側のかっこいい世界へ戻っちゃうよね(笑)」


と宮藤さん。会場は「もうお腹いっぱい」というほど、笑いの渦に包まれたのです。。


「宮藤くんがものを書く上で、もっとも大切にしていることは?」


とたかのさんが質問すると、


「いろんなことが、面白がられるうちは大丈夫。どこまで面白がられるか、が勝負です。」


と、さきほどまでとは打って変わって真剣な表情になります。


「自分が思い描いたゴール地点にいかなくて煮詰まることは、よくあります。逆に、その通りになりすぎて煮詰まることも。でも、自分自身がいかに面白いか、楽しそうにやれているか、ということは、常に念頭に置いています。楽しそうにし過ぎてよく、職務質問されるぐらい(笑)」


・・・とのことでした!


最後に、学生へのメッセージで、講演は締めくくられます。


「入学式で言ったのですが、みなさんちゃんと卒業してください。僕はしなかった点で、後悔している部分があります。たかのさんに十数年ぶりに会ったときも、『東映』と聞いてうらやましい、と素直に思いました。僕は就活までたどり着かなかった人間なので。。学生のときにしかできないことを、そのときにきちんと参加しておけばよかったと、今では思います」


と宮藤さん。僕は、きちんと大学を卒業しよう、と今更思ったのでした。


さてさて。。


宮藤官九郎さんの講演は、それ自体がエンターテイメント、という感じがして、非常におもしろく、大ホールに笑いが絶えませんでした・・・!(途中、たかのさんの質問事項が「なんで歯、直さないの」や、「なんで早く結婚したの」など暴走(?)し、宮藤さん自ら質問表を見る、というシーンも)


僕は席の位置的に、斜め後ろあたりから宮藤さんを見る形だったのですが、独特の猫背も、愛嬌のある感じでした。。


僕は十代のころ深夜の再放送で観たドラマ、『池袋ウェストゲートパーク』の衝撃が未だに忘れられないのですが、その脚本を書いた宮藤さんを目の前にしていたのだ、と思うと、今思い返しても、濃密な一時間半だったなぁ、と改めて思いました!


ではでは。。

 

 

 

 


副部長 藤野

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